おすすめリンク

蜂の駆除、捕獲はこちら

恐ろしいハチがいたら…

オーナーズシステム

 

養蜂に必要な物はこちらをご参考に

日本みつばち 分譲予約承ります。

詳しくはこちらをご覧ください。

にほんみつばち蜜蝋分譲

詳しくはこちらをご覧ください。

ウドの苗を予約販売します。

詳しくはこちらをご覧ください。

パッションフルーツの苗を予約販売します。

詳しくはこちらをご覧ください。

お問合せはこちらへ

お気軽にお問合せ下さい

養蜂の起源と目的

養蜂の起源

産業としての養蜂は紀元前2600年頃のエジプトにはじまる。現在のような巣箱の原型ができ、合理的な養蜂がはじまったのは19世紀中頃のことで、ヨーロッパ先進国に発明や科学技術の発展と生産技術の革新が相次ぎ、それに伴って資本の蓄積が顕著化して、現代のような資本主義の発生とプロレタリアート(労働者階級)の確立へと時代が大きく変化していった産業革命後期のことです。
日本に養蜂が伝わったのは、430年代の大和朝廷の時代に朝鮮半島の百済からといわれています。
古代の「トチミツ」の言葉が訛って「ハチミツ」の言葉が生まれたといわれるように、欧州原産で近似種のマロニエを除き、ニホンミツバチの蓄えるハチミツと本邦を代表する、日本固有の蜜源樹であるトチの花からの集蜜と深く関って発達してきました。


養蜂の目的

養蜂はミツバチを健康な状態に維持し、蜂群の安心と安全を守り、より多くの蜂蜜を蓄えてもらうように飼育することですが、その主目的は蜂蜜を採取することです。また、農業生産の果樹や果物栽培などの受粉(ポリネーション)にミツバチを利用するケースも益々増大しています。さらには、その副産物としての蜜蝋を採取することもできます。
 
ミツバチが食べた花蜜から蜜蝋を分泌し巣板を造り、草木花から花蜜を採取して自分たちの食糧として、その巣に蜂蜜を蓄えるのは単純に余剰蜜を貯蔵するのではありません。自分たちの家族(女王蜂産卵と働き蜂の育児)を養い自群の繁栄のためであり、雨天続きで働き蜂が集蜜に出られない時の蓄え、夏の蜜源枯渇を乗り切り、厳しい冬の越冬を乗り越えるための必要不可欠な備えなのです。
  
できるだけ多くの蜂蜜を収穫しようとするのは養蜂する人の欲望であり、ミツバチたちが暮らしていけないほど蜂蜜採取したのでは、それは最早非情きわまりない収奪行為そのものであり、みだりにこれを採集するなら結果的に蜂群の逃去・消滅になるでしょう。ミツバチたちが必要不可欠とする以外の貯蜜を採集するにとどめ、ミツバチが健康な状態で安心して、より多く働ける条件と環境を整えてあげることこそが飼育者の役割であり、その目的に沿ってそれを実現するために是非必要なことです。
  
自然志向と趣味園芸や家庭菜園作りの広がりと共に、「趣味のミツバチ飼育」養蜂に関心を持つ人が増えています。趣味の範囲だからといって、ミツバチをペット代わりに弄んで良いものでしょうか?。ミツバチたちの可愛い仕草は、充分に癒しを与えてくれて人に依存しているように見えても、その実は人に依存しない独自な社会性昆虫生態と生活圏を保有しています。人がミツバチ飼育を「My ペット」だと想うのは空想的主観の世界では勝手ですが、人が「ミツバチをペット」だと定義しようがしまいが、ミツバチたちは人間に依存・従属することなく人と等距離間隔を保ちながら、多彩な植物群と共利共生する彼ら独自の生態と生活圏を維持しているのです。

セイヨウミツバチとニホンミツバチ

セイヨウミツバチとニホンミツバチ
■ セイヨウミツバチ  ミツバチ科ツバチ亜科ミツバチ属 
 学名:Apis mellifera

学名の由来は、ちょっと変ですがラテン語の
「蜂蜜を運ぶミツバチ」で、実際には"花蜜を運ぶ
ミツバチ"です。ヨーロッパを起源とする代表的な亜種と、
アフリカを起源にする亜種に大別され、オセアニアの
広大な地域によっては寒冷に強い品種など、さまざま
な品種があります。日本では比較的気性が穏やか
性質で、黄色の体色が強く出る黄金種とも呼ばれるイタリア
ミツバチが、養蜂向きと考えられているようです。
一方、アフリカを 起源にする亜種は、アメリカ大陸に
移入され交雑した「アフリカナイズドミツバチ」が
"キラービー"として猛威を奮ったこともあり、比較的凶暴性があるとされていますが、 これも地域性や品種によるもので、北アフリカのオアシス原産種には比較的温和で従順な品種があるようです。

        ------  ★  ------

女王蜂の産卵から孵化した幼虫の3日間はローヤルゼリーが与えられ、このあいだに女王蜂になる幼虫と働き蜂になる分化が起り、女王蜂になる幼虫は継続してローヤルゼリーを与えられ、働き蜂になる幼虫は花粉と花蜜が与えられる。女王蜂になる幼虫は働き蜂よりも急速に発育し、王台と呼ばれる特大のハニカム・セルのなかで成長を遂げ、働き蜂と比べて5.6日早く誕生する。ミツバチは蜜源花を発見すると、仲間にその方向と距離を伝え、持ち帰った蜜源情報を抽象的なダンスのコミュニケーションに置き換えることができる。ミツバチの「8の字ダンス」を発見したK・F・フリッシュは、この発見によって1973年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

セイヨウミツバチの養蜂(人工飼育)では、ラングストロス式巣箱(ラ式)とホフマン式巣箱が用いられるが、1860年にアメリカの発明家Lorenzo Langstrothによって、巣枠を内装したラングストロス式巣箱(ラ式)が開発された。規格統一された合理的飼養方法として普及し、それ以来の標準養蜂フォームとして世界75%の養蜂に使用されることになった。欧米では、ミツバチ巣箱(ビーハイブ)がさまざまな紋章にデザインされているのも面白い。18世紀後期から約100年を要した、ヨーロッパ産業革命の時代は科学技術の革命的進歩であり、科学技術の革命的進歩は生産様式の劇的変化と富の蓄積(余剰利益の再生産)によって、人類史の社会構造と生活様式にも革命的変化をもたらし、その時代の養蜂が「工業と協力」の象徴とされ、養蜂技術も進歩したことと深い関りがあるのだろう。



ニホンミツバチ ミツバチ科ツバチ亜科ミツバチ属 学名;Apis cerana japonica Rad

日本ミツバチ ニホンミツバチの和名を「和蜂」とか「ヤマミツバチ」とも、その地方では「ヤマンバチ」とも呼ばれ、熱帯から温帯にかけて生息するトウヨウミツバチ分布圏の四亜種のうちの一亜種とされ、「北限のミツバチ」とも評されています。
 セイヨウミツバチと比べて温和な性質で攻撃性は少なく、その神秘的な生態ゆえに、熱烈なニホンミツバチ愛好者や研究者もいます。採蜜までの期間が長いこと、巣箱や飼育環境が気に入らなければ集団逃亡してしまうなど、セイヨウミツバチと比べた飼養管理技術の未知や困難性などがあいまって、趣味的飼養以外には生産効率が著しく劣るといわれてきました。

        ------  ★  ------

 ニホンミツバチのハチミツは、主に山間樹木の花蜜を集めます。それゆえニホンミツバチのハチミツは、古来より滋養の高い"百花蜜"とも呼ばれ、飼養の困難性と市場流通性に乏しいその希少性とあいまって、主に草花の花蜜を集めるセイヨウミツバチと比べて、遥かに品質が高いともいわれています。
 日本古来の在来種で、もともと山野の樹木洞(ウロ)などに営巣していた。大和朝廷が支配する634年ころ、朝鮮半島の百済から古代養蜂技術がもたらされたと伝えられている。山間集落の過疎化や都市周辺開発などで、花蜜をつける樹木の多い都市化の住環境にも適応し、ニホンミツバチ復活もささやかれているが、ニホンミツバチ愛好家が増えていることを除いて詳細は不明である。その形質は病気に強く、セイヨウミツバチと比べて対病性に優れていることで、管理飼養よりも自然飼育に向いているといえる。
 花蜜を集める活性期の巣板は7~9枚で巣盤育房数は3,000~20,000、大きな自然営巣では育房数50,000を越えることもある。働き蜂は一群数約5,000~20,000匹で、樹木花が多くなる5~7月になると、年間の生育サイクルで最もその集団内の数を殖やし、一群集団が巣別れ(分蜂)する4月ころから6月、北限分布の地では7月頃までに2~3分割することがある。自然分蜂は天候の回復した風の少ない穏やかな日の午前10時ころから15時頃にかけて多く発生し、樹皮表面がザラザラしている樹木などを好んで選び、一旦巣の近くにある樹木の幹枝に蜂球をつくり、探索蜂によって移動先が決まると、数時間以内に新営巣地に向けて一斉に飛立つ。 8月中旬以降になると、活性化したオオズメバチの集団襲撃を受けることがあり、しばしば全滅したり巣を捨てて集団逃亡するが、少数で襲うズメバチには蜂熱球でズメバチを熱殺する対抗手段を持っている。無雪地域では1~2月でも風のない暖かな日は外に出てビワや梅の花蜜などの採集活動をおこない、1月下旬ころから産卵と蜂児養育など本格的な春の活性に向けた準備に入り、3月になると早春花の開花も増えて、いよいよ本格的な活動を再開し、日本列島各地で桜の花が散る頃から、さかんに群の繁殖と分蜂行動をおこなう。

このページのTOPへ